現代社会において、ストレスは万病の元と言われますが、それは舌の健康にとっても最大の敵の一つです。緊張した時や不安を感じた時に、口の中がカラカラに乾いた経験は誰にでもあるでしょう。これは、自律神経の交感神経が優位になり、唾液の分泌が抑制されるために起こる生理現象です。一時的なものであれば問題ありませんが、慢性的なストレスに晒され続けると、常に口の中が乾燥した「ドライマウス」の状態に陥ります。そして、この乾燥こそが、舌のピリピリとした痛みや赤い炎症を引き起こす直接的な引き金となるのです。健康な口腔内は、唾液という天然の潤滑油によって守られています。唾液は、粘膜の表面を覆って保湿するだけでなく、食事の際の摩擦を減らしたり、細菌の繁殖を抑えたり、小さな傷を修復したりする重要な役割を果たしています。しかし、ドライマウスによってこの保護膜が失われると、舌は文字通り「裸」の状態になります。乾いた粘膜は非常に傷つきやすく、会話をするために舌を動かして歯に触れたり、食事で食べ物が擦れたりする程度の刺激でさえ、微細な傷となってしまいます。その結果、舌の表面にある糸状乳頭が摩耗してなくなり、舌が赤くツルツルとした状態になります。こうなると神経が過敏になり、醤油やドレッシングがしみる、歯磨き粉が痛い、あるいは何もしなくても常に舌先がピリピリ、ヒリヒリと痛むといった症状が現れます。さらに、舌の側面や先端に赤い斑点のような炎症が見られることもあり、これは乾燥によって舌が歯列に強く押し付けられ、擦れた跡である場合が多いです。また、ストレスによる食いしばりや歯ぎしりの癖があると、舌の側面に歯型がつくだけでなく、常に圧迫されることで血流障害を起こし、局所的な赤みや痛みを助長させます。更年期以降の女性に多い「舌痛症(ぜっつうしょう)」も、このドライマウスや自律神経の乱れが深く関わっていると考えられています。見た目には明らかな異常がないにもかかわらず舌が燃えるように痛むのが舌痛症の特徴ですが、実際には軽度の乾燥や萎縮があり、それが知覚過敏を引き起こしているケースも含まれます。心因性の要素と身体的な乾燥の要素が複雑に絡み合い、痛みの悪循環を作り出しているのです。この悪循環を断ち切るためには、まずは「潤い」を取り戻すことが最優先です。こまめに水を飲むことは基本ですが、それだけではすぐに蒸発してしまうため、歯科医院で処方される人工唾液や、市販の口腔保湿ジェルなどを活用して、粘膜を物理的にコーティングしてあげることが有効です。また、ガムを噛んだり、舌を動かす体操をしたりして、唾液腺を刺激することも大切です。そして何より、根本原因であるストレスへの対策が必要です。リラックスする時間を持ち、副交感神経を優位にすることで、自然な唾液の分泌を促しましょう。