日々多くの抜歯手術を行っている歯科医師の立場から見て、「この患者さんはドライソケットになりそうだな」と危惧する典型的なパターンがあります。それは、抜歯後の傷口を過剰に気にして、舌や指で頻繁に触ってしまうタイプの方です。人間には、体に異変や傷があると、本能的にそこを確認したくなる心理があります。歯がなくなった大きな穴、歯茎の違和感、糸の感触。これらが気になって仕方がないのは理解できますが、その好奇心が最悪の結果を招くことを、私たちは経験上よく知っています。抜歯直後の穴の中では、血液が凝固して血餅が作られ、その下で新しい血管や細胞が再生を始めています。このプロセスは非常に繊細で、触れば簡単に壊れてしまう脆いものです。それなのに、「ちゃんと血が止まったかな?」「食べカスが詰まっていないかな?」と心配になり、舌先で穴の中を探るように触れてしまう人が後を絶ちません。舌の筋肉は意外と力が強く、また表面には無数の細菌が存在しています。舌でレロレロと傷口を弄ることは、治りかけのカサブタを剥がしながら、同時に雑菌を擦り込んでいるようなものです。これにより、血餅が剥がれ落ちるだけでなく、細菌感染による炎症(骨炎)を引き起こし、ドライソケットへと直結します。さらに悪いのは、指や爪楊枝、歯ブラシなどで直接触ろうとするケースです。「穴に白いものが詰まっているから、食べカスだと思って取ろうとした」と言って来院される患者さんがいますが、その白いものの正体は、多くの場合、治癒過程でできる幼若な組織(フィブリン)や骨の一部であり、絶対に取ってはいけないものです。これを無理やりほじくり出した結果、骨が完全に露出し、耐え難い痛みに襲われることになります。鏡で口の中を頻繁に覗き込み、何か異物があれば取り除かずにはいられない。そのような几帳面さや神経質さは、抜歯後の治癒においてはマイナスにしか働きません。歯科医師としてのアドバイスはただ一つ、「抜歯した場所は存在しないものとして扱ってください」ということです。気になっても見ない、触らない、舌を行かせない。これが鉄則です。もし食べカスが入ったとしても、無理に取ろうとせず、軽く口をゆすぐ程度にして、後は自然に取れるか、組織が盛り上がって押し出されるのを待つのが正解です。人間の体には異物を排除し、傷を治そうとする力が備わっています。その邪魔をしないことが、患者さんにできる最大の治療への貢献です。ドライソケットになりやすい人は、ある意味で「真面目で心配性な人」が多いのかもしれません。しかし、その心配が仇となり、自らの手で激痛を引き寄せてしまっては元も子もありません。抜歯後は「放置力」こそが重要です。痛み止めを飲んで安静にしていれば、体は勝手に治ってくれます。どうしても気になることがあれば、自分で触る前に必ず歯科医院に電話してください。プロの目で見れば順調かどうかわかります。あなたの舌や指先は、傷口にとって最強の敵になり得ることを忘れず、グッと我慢して回復を待つ。それが賢い患者さんの過ごし方です。
歯科医が教える抜歯後に傷口を触る人の心理と末路