ある日、ふと鏡で舌を見たときに、表面に赤いまだら模様のような斑点ができていることに気づき、驚いた経験はないでしょうか。しかもその赤い部分は、周囲が少し白く縁取られていて、まるで世界地図のような形をしている。そして不思議なことに、数日経って再び見てみると、その模様の形や位置が変わっている。もしこのような症状があり、時にピリピリとした軽い痛みや、酸っぱいものがしみるような感覚を伴うのであれば、それは「地図状舌(ちずじょうぜつ)」と呼ばれる状態である可能性が高いです。名前の通り、舌の表面に地図のような模様が現れるこの疾患は、見た目のインパクトが強いため、「何か悪い病気ではないか」「舌がんの前兆ではないか」と強い不安を抱いて病院を訪れる方が少なくありません。地図状舌の正体は、舌の表面にある「糸状乳頭(しじょうにゅうとう)」という微細な突起が、部分的に剥がれ落ちてしまう現象です。糸状乳頭が脱落した部分は粘膜が薄くなり、血流が透けて見えるため赤く見えます。一方、その周囲では角質が少し厚くなるため、白く堤防のように盛り上がって見えます。この脱落と再生のプロセスが舌の表面で不規則に、かつ移動しながら繰り返されるため、模様が日々変化して動いているように見えるのです。これが「遊走性(ゆうそうせい)舌炎」とも呼ばれる理由です。医学的には良性の変化であり、決してがん化したり、他人に感染したりするものではありません。では、なぜこのようなことが起こるのでしょうか。実は、地図状舌のはっきりとした原因は現代医学でも完全には解明されていません。しかし、いくつかの関連因子は指摘されています。最も有力な説の一つが「ストレスや疲労」です。寝不足が続いたり、精神的なプレッシャーがかかったりして免疫バランスが崩れた時に症状が現れやすくなるという報告が多くあります。また、ビタミンB群の不足や、消化器系の不調、アレルギー体質(気管支喘息やアトピー性皮膚炎など)との関連も示唆されています。女性の場合は、生理周期や妊娠によるホルモンバランスの変化に伴って症状が出たり消えたりすることもあり、全身のコンディションが舌というデリケートな鏡に映し出されているとも言えるでしょう。症状としては、全く無自覚で「鏡を見て初めて気づいた」という人もいれば、ピリピリとした違和感や、スパイスの効いた料理や熱い飲み物がしみるといった軽度の痛みを訴える人もいます。特に赤い斑点ができている部分は粘膜の保護層が薄くなっているため、刺激に対して敏感になっています。しかし、激痛で食事ができないほど重症化することは稀です。基本的には自然治癒するのを待つ保存療法が選択されますが、痛みが気になる場合は、刺激物を避ける、口腔内を清潔に保つといった対策が有効です。歯科医院では、痛みを和らげるための軟膏や、うがい薬が処方されることもあります。