高齢のご家族の口の中を見た時、あるいはご自身が年齢を重ねて鏡を見た時に、舌の裏側に黒っぽい、あるいは紫色のミミズ腫れのような筋や、小さな黒い膨らみを見つけて驚いたことはないでしょうか。「舌の裏に腫瘍ができた!」「血栓が詰まっているのでは?」と不安になって歯科医院を訪れる高齢者の方は非常に多いのですが、そのほとんどは「舌下静脈瘤(ぜっかじょうみゃくりゅう)」と呼ばれる生理的な変化です。舌の裏側は粘膜が非常に薄く、その下を走る血管が透けて見えやすい場所です。若い頃は血管の弾力性があり、筋肉の張りもあるため、血管は目立ちません。しかし、加齢とともに血管の弾力性が失われ、血圧の影響などを受けて血管が拡張し、蛇行(うねうねと曲がること)するようになります。さらに、舌の筋肉や粘膜も薄くなるため、太く膨らんだ静脈がダイレクトに透けて見え、それが黒や暗紫色のアザやコブのように見えるのです。これは、足にできる下肢静脈瘤と同じ原理で、口の中で起きている老化現象の一つと言えます。特徴としては、左右対称に見られることが多く、触るとプヨプヨと柔らかく、痛みや硬いしこりはありません。指で押すと血流が一時的に遮断されて色が消え、離すとまた色が戻るのが静脈瘤の証拠です。大きさは数ミリの小さな点状のものから、小豆大のコブ状になるものまで様々ですが、基本的に悪性化することはありません。食事の際に噛んでしまって出血することはありますが、それ以外で生活に支障をきたすことは稀です。原因は主に加齢による組織の脆弱化ですが、高血圧や動脈硬化などの循環器系の疾患がある方にも多く見られる傾向があります。心臓への血液の戻りが悪くなると、末梢の静脈に血液が鬱滞(うったい)しやすくなり、血管が拡張するためです。つまり、舌の裏の黒い筋は、全身の血管老化のサインとも捉えることができます。治療の必要性は、基本的にはありません。見た目に驚くかもしれませんが、「白髪やシワと同じようなもの」と考えて差し支えありません。無理に手術で取る必要もなく、そのまま経過観察となることがほとんどです。ただし、噛んでしまって頻繁に出血する場合や、あまりにも大きく隆起して入れ歯に当たって痛い場合などは、レーザーなどで凝固させたり、切除したりすることもあります。注意すべきは、これが本当に静脈瘤なのか、それとも血管腫やメラノーマなどの腫瘍なのかという見極めです。静脈瘤は青紫色に近い色調で、表面は滑らかですが、悪性腫瘍は色が不均一で、表面がただれていたり、周囲が硬くなっていたりします。また、急激に大きくなる場合も要注意です。「お年寄りだから静脈瘤だろう」と決めつけず、一度は歯科医師に見せて確認してもらいましょう。「これは年齢によるものですよ」と言われれば、それだけで大きな安心が得られるはずです。長年生きてきた体の変化として、優しく受け入れてあげてください。
高齢者の舌の裏に見える黒い筋や膨らみの正体