あれは社会人3年目、初めて大きなプロジェクトのリーダーを任された冬のことでした。連日の残業、上司からのプレッシャー、終わらない資料作成。心身ともに限界ギリギリの状態で働いていたある日、舌の側面にポツリと小さな違和感を覚えました。「ああ、また口内炎か」と軽く考え、いつものように放っておけば治るだろうと高をくくっていました。しかし、それが地獄の始まりだったのです。忙しさにかまけてビタミン剤も飲まず、コンビニ弁当と睡眠不足の日々を続けていると、口内炎は日を追うごとに凶悪化していきました。最初は米粒程度だったものが、3日後には小豆大に、そして1週間後には直径1センチを超える巨大な白いクレーターへと変貌を遂げたのです。場所が悪かったのも災いしました。舌の側面という、喋るたび、食べるたびに歯に当たる最悪のポジション。一言発するだけで、雷に打たれたような激痛が脳天を突き抜けます。営業職だった私は、お客様との会話中に笑顔を保ちながら、心の中では痛みで泣き叫んでいました。食事はまさに拷問でした。大好きなカレーはもちろん、醤油を一滴垂らした豆腐でさえ激痛で食べられません。ウィダーインゼリーを流し込むだけの生活になり、体重は一週間で3キロ減りました。夜も痛みで目が覚めます。枕がよだれで濡れているのは、無意識に口を開けて痛みを逃そうとしていたからでしょう。鏡を見るたびに、白くえぐれたその傷跡が「お前の生活は間違っている」と告発しているように見えました。ストレスが、私の口の中に物理的な穴を開けたのだと実感しました。限界を迎えたのは発症から10日目。会議でのプレゼン中に、呂律が回らず、痛みで思考が停止してしまった瞬間でした。「もう無理だ」と思い、半休を取って口腔外科に駆け込みました。先生は私の口の中を見るなり、「うわあ、これは痛いね。よく我慢したね」と同情してくれました。診断は重度のアフタ性口内炎。「ストレスと過労で免疫が底をついている証拠だよ」と言われ、その場でレーザー治療を受けることになりました。「少し焦げ臭いですよ」と言われ、チリチリとした感覚の後、不思議なことにあの鋭い痛みが鈍い感覚へと変わっていました。レーザーで表面を焼いて膜を作ったことで、神経への刺激が遮断されたのです。さらに処方された強力なステロイド軟膏と、ビタミン剤の点滴。病院を出る頃には、嘘のように体が軽くなっていました。完全治癒まではさらに1週間かかりましたが、あの処置がなければ私は心身ともに崩壊していたかもしれません。この経験で学んだことは、「口内炎は体の悲鳴である」ということです。それ以来、私は口内炎ができそうになると、それは「休め」のサインだと捉え、無理やりにでも仕事を切り上げて寝るようにしています。巨大な口内炎は、私が自分の体を粗末に扱った罰であり、同時に「このままじゃ壊れるよ」と教えてくれた警鐘でもありました。もし今、あなたもストレスで口の中に穴が開いているなら、どうか薬だけでなく、休息という処方箋を自分に出してあげてください。体は正直です。その痛みは、あなたが頑張りすぎている証拠なのですから。