口の中のトラブルの中でも、舌の下、いわゆる「口腔底(こうくうてい)」と呼ばれる場所にできる口内炎は、他の場所に比べて格段に辛く、そして治りにくいと感じることが多いものです。頬の内側や唇の裏側であれば、ある程度患部を動かさずに過ごすことも可能ですが、舌の下となるとそうはいきません。ここは解剖学的にも非常に特殊でデリケートなエリアであり、その構造的な特徴こそが、小さな炎症を厄介な大問題へと発展させてしまう原因となっています。なぜ舌の下はこれほどまでに脆弱なのか、そのメカニズムを紐解いていきましょう。まず挙げられるのが、粘膜の薄さです。鏡の前で舌を持ち上げて裏側を観察してみてください。青黒い血管が透けて見えるはずです。これは、舌下部の粘膜が他の部位に比べて極めて薄く、透明度が高いことを示しています。狭心症の薬(ニトロペンなど)を舌の下に入れて溶かすのは、この粘膜の薄さを利用して薬剤を直接血管に吸収させるためですが、裏を返せば、それだけ外部からの刺激や細菌の侵入を許しやすい無防備な場所であるとも言えます。硬い角質層で守られている皮膚とは異なり、ほんの少しの物理的な刺激、例えば歯ブラシの先が当たったり、硬いパンの欠片が擦れたりするだけで容易に傷つき、そこから炎症が広がりやすいのです。次に、唾液の「溜まり場」であるという環境要因です。舌の下には「舌下腺」や「顎下腺」といった唾液を作る工場の出口(開口部)があり、常に唾液が湧き出し、溜まっている場所です。一見、唾液には殺菌作用があるため良いことのように思えますが、口内炎の治療という観点からは大きなマイナスとなります。せっかく薬を塗っても、次から次へと溢れ出る唾液によってすぐに洗い流されてしまうのです。軟膏が定着せず、パッチ(貼り薬)も剥がれやすい。常にウェットな状態であるため、傷口が乾燥してカサブタを作ることができず、ジクジクとした潰瘍状態が長く続くことになります。さらに、舌という筋肉の塊が常に動いていることも治癒を妨げます。私たちは起きている間、会話や嚥下(飲み込み)のために無意識に舌を動かし続けています。舌の根元にある口腔底は、舌が動くたびに引っ張られたり縮んだりして激しく伸縮します。これは、傷口を常にストレッチしているようなもので、せっかく塞がりかけた組織が再び引き裂かれるような負荷がかかり続けるのです。特に食事の際は、舌の動きに加えて食べ物が患部を通過するため、激痛とともに物理的なダメージが加算されます。そして見逃せないのが、下顎の骨や歯との位置関係です。舌の下は狭いスペースであり、すぐ隣には下顎の骨の内側や、下の歯の裏側が存在します。もし下の歯に歯石が溜まっていたり、被せ物の縁が尖っていたりすると、舌が動くたびにその鋭利な部分が口腔底の粘膜をノコギリのように刺激し続けます。
舌の下にできた口内炎が治りにくい理由と構造的な弱点