私は自他共に認める潔癖症です。口の中に少しでも食べカスが残っているのが許せず、食後の歯磨きはもちろん、デンタルフロスやマウスウォッシュも欠かさないのが日課でした。そんな私が右下の親知らずを抜くことになった時、一番心配だったのは「抜歯後の口の中の清潔さ」でした。血の味がしたり、傷口に菌が入ったりするのが怖くて、先生からの「今日はあまりうがいをしないでくださいね」という忠告を、自分なりの解釈で軽く受け流してしまったのがすべての間違いの始まりでした。抜歯自体は麻酔のおかげで痛みもなくスムーズに終わりました。しかし、帰宅して麻酔が切れかかると、口の中にじわりと広がる鉄の味、つまり血の味が気になって仕方ありませんでした。「血が出ているということは、そこから菌が入るかもしれない」という恐怖心に駆られた私は、洗面所に立ち、コップに水を汲んでブクブクとうがいを始めました。吐き出した水が赤く染まっているのを見て、「やはり汚れている」と思い込み、水が透明になるまで何度も何度もゆすぎました。さらに、念には念をと、殺菌効果のある強めの洗口液まで使って、徹底的に口の中を洗浄しました。これで清潔が保たれ、早く治るはずだと信じて疑いませんでした。翌朝、鏡を見ると、抜いた場所の穴がぽっかりと黒く開いているのが見えました。「あれ?カサブタになってないのかな?」と不思議に思いましたが、痛みはそれほどでもなかったので気にも留めませんでした。しかし、地獄は抜歯から3日目の夜にやってきました。突然、顎の奥から突き上げるような激痛が走り、こめかみまでガンガンと響く痛みに襲われたのです。慌てて飲んだ痛み止めも全く効かず、一睡もできないまま朝を迎え、泣きそうな顔で歯科医院に駆け込みました。先生は私の口の中を見るなり、残念そうな顔で言いました。「血餅が完全に流れてしまっていますね。骨が丸見えの状態、ドライソケットです。あんなにうがいはダメだと言ったのに」。その言葉を聞いた瞬間、私の頭の中は真っ白になりました。私が良かれと思って行った徹底的なうがいが、傷口を守るために形成されようとしていた大切な血の塊(血餅)を、すべて洗い流してしまっていたのです。清潔にしようとするあまり、傷口を生身のまま放置するのと同じ状態を自ら作り出してしまったという事実に、後悔してもしきれませんでした。そこからの治療は辛いものでした。露出した骨に薬を詰めてもらい、抗生物質と痛み止めを飲みながら、肉が盛り上がってくるのを待つしかありません。あの激痛は二度と経験したくありません。この体験から私が学んだのは、医療における「清潔」と「治癒環境」は必ずしもイコールではないということです。抜歯後の傷口に必要なのは、洗い流すことではなく、そっとしておくこと。血の味がしても、気持ち悪くても、ぐっと堪えて優しく水を含む程度に留めること。潔癖な人ほど陥りやすいこの罠に、どうか皆さんはハマらないでください。適度な不潔さ(血が溜まっている状態)こそが、抜歯後の正義なのですから。