ドライソケットになりやすい人、なりにくい人の差を分ける決定的な要因の一つに、「どこの歯を抜いたか」という部位の問題があります。特に圧倒的にリスクが高いのが「下の親知らず(下顎埋伏智歯)」の抜歯です。上の親知らずや他の歯を抜いた時には何ともなかったのに、下の親知らずを抜いた時だけ激痛に苦しんだという経験談が多いのは、決して偶然ではありません。そこには解剖学的な理由と、手術の特性が深く関わっています。まず、下顎(したあご)の骨の性質が挙げられます。上顎の骨は比較的柔らかく、海綿骨と呼ばれるスポンジ状の構造が多く含まれており、血液の循環が非常に豊富です。そのため抜歯をしてもすぐに血が溜まりやすく、強固な血餅が形成されやすい環境にあります。一方、下顎の骨は非常に硬く、緻密(ちみつ)で、まるで石のようにカチカチです。血管の分布も上顎に比べると少なく、抜歯後の出血量が少なかったり、血液の供給が不十分になりやすかったりします。血液が十分に供給されないということは、傷を治すための材料や免疫細胞が届きにくいことを意味し、これが血餅形成不全、すなわちドライソケットの直接的な原因となります。次に、抜歯の難易度と侵襲(体へのダメージ)の大きさも関係しています。下の親知らずは、横向きに生えていたり、骨の中に完全に埋まっていたりすることが多く、抜くためには歯茎を切開し、周りの骨を削り、歯を分割して取り出すといった外科的な処置が必要になるケースがほとんどです。手術時間が長くなれば、それだけ傷口が空気に触れる時間が長くなり、骨へのダメージも蓄積されます。骨を削った際の摩擦熱や、強い力が加わったことによる骨壁の挫滅(ざめつ)は、正常な治癒プロセスを阻害し、骨が壊死しやすい状態を作り出します。このように、下の親知らず抜歯は「骨が硬く血流が悪い」上に「手術によるダメージが大きい」という二重苦の状態になりやすいため、ドライソケットのリスクが跳ね上がるのです。さらに、重力の影響や食事による刺激も無視できません。下の歯の抜歯窩には食べカスや唾液が溜まりやすく、これらが傷口に入り込んで細菌感染を引き起こしたり、うがいで取り除こうとして血餅を流してしまったりするリスクが高まります。上の歯なら重力で自然に異物が落ちてくることもありますが、下の穴はゴミ箱のように物が溜まりやすい構造をしているのです。このような理由から、下の親知らずを抜く予定のある人は、自分は「ドライソケットになりやすい予備軍」であるという自覚を持つ必要があります。もちろん、すべての人がなるわけではありませんが、確率は他の歯の抜歯に比べて格段に高い(数%〜20%程度とも言われます)のが現実です。だからこそ、抜歯後の注意事項(うがいを控える、禁煙する、触らない)を人一倍厳守し、体調を整えて挑むことが求められます。もし抜歯から数日経っても痛みが引かないどころか強くなるようであれば、我慢せずにすぐに主治医に相談しましょう。それはあなたのせいではなく、下の親知らずという場所が持つ宿命的なリスクが顕在化した結果かもしれないからです。
なぜ下の親知らず抜歯はドライソケットになりやすいか